「千と千尋の神隠し」を見ました。

作業しているPCの脇に液晶テレビを置いて、もうずっと録画した番組を流しっぱなしにしてたりはするんですが。しかし画面を見ないで音だけ聞いてる状態なので、映画とかアニメはちっとも内容がわかりません。HDDレコーダーに見てない映画やアニメがどんどん溜まっていくばかり。

しかしそれではもったいないですし。というわけで寝酒のついでに少しずつ見ていくことにしましょう。といっても一気に全部見ることはできないので。毎日30分から1時間分くらいずつ。

「千と千尋の神隠し」(2001年)

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DVD | ブルーレイディスク

見るのは2度目になります。世評も高いし、私もやはり傑作だと思うのですが。
美しいビジュアル。奇妙で魅力的なキャラクター。懐かしくも妖しい舞台。画面の隅っこのほうで蠢く珍妙な生物を見ても楽しいし、幻想的な風景に記憶の思わぬ片隅を掘り起こされたりもします。
映像の魅力に満ち満ちた作品だと思ってます。

とはいえ個人的には、物語がわかりにくいところがあるのではないかと思えてしまったりもするのですが。
アニメのことなら大変詳しいWikipediaさんなどでストーリーを確認してみると……。やはり何カ所か見落としていた部分もあるようでした。

・中盤から後半にかけて、カオナシのエピソードと、ハクが傷ついて戻ってくる場面が平行しているので、事実関係を見落としやすい。
・湯婆婆と同じ姿をした姉、銭婆というキャラクターが把握しにくい。

この作品のプロットについて検索してみると、やはりこの中盤の事実関係について把握しにくい点は指摘されているようです。
それを踏まえた上で次に解釈を考えていくと。これもやはり難しい点があるのではないかと思うのですが。

・物語の序盤と終盤で千とハクとのエピソードが扱われる。なので構造的に見てこれが最重要のエピソード。千がこの異世界にやってきた理由もここにあるはず。そしてハクの正体。となるとメインテーマは環境破壊の問題となりそうですが。
・しかしその一方。腐り神、カオナシ、坊といった、異形のキャラクターたちのエピソードが作品の中で重要な位置を占める。
・腐り神もおそらく環境破壊の暗喩。
・カオナシと坊は労働の忌避や社会からの疎外を思わせるところがある。「働く」というキーワードが重要な意味を持つような描かれ方をしている。
・湯屋と湯婆婆は何だろう? 八百万の神々のための湯屋という設定になっていますが。いわゆる特殊浴場ではないかとの指摘もあります。これも「働く」というテーマです。それからお金と欲望。

というわけで解釈の難しい作品だと思うのですが、さて、ご覧になった方はどう思われたでしょうか?
私は「この作品の解釈はわかりません」と白状しておきます。しかしそれは駄作、失敗作を意味するわけではないはず。

すっきりとわかりやすい物語というのはおそらく、起承転結がはっきりとしていて、いくつかの「伏線→回収」というサイクルが整然と絡み合い、クライマックスですべてが結合して全体的なテーマへと導くような構造を持っていると考えるのですが。
とはいえ、そういう完成したプロットの作品を大量に見続けていると、はたしてそれだけが物語の魅力というものなのだろうかという疑問もまた、発生してきたりもするのです。

迷路のような構造。夢の奇妙な整合性。不可解な暗示。全体よりも部分、断片。ストーリーよりも映像、セリフ。
それらが何か個人の深いところへ届くので、忘れがたい作品となっているのかもしれません。

個人的にはカオナシと坊のエピソードが苦々しくも押し迫ってきます。そして他の宮崎駿作品と同様に、少女によって救済されるという段取りになります。これもまた、ナウシカと王蟲との邂逅以降何度も見せられてきた変奏のひとつのようです。

この作品の主人公の千(千尋)はあまりぱっとしない少女として登場しますが、作品の中で能力を育み、神聖な少女のヒーリングパワーを発揮するようになるのでした。
作品の核心はやはりここにあるのではないでしょうか?

本当のテーマというのは、物語の本筋からはあえて隠すのかもしれませんね。あるいは環境問題などの退屈で世間体のいいテーマで偽装して、わかる人にはわかるように裏テーマを潜ませるとか。

多様な表情を持つ作品は、見る者によって様々な姿に見えます。私にはこの怪物と少女の構図がとても印象深く映りました。いや、私はロリ●ンではないんですが……。

さて、では皆様はどうだったでしょう?

千と千尋の神隠し
千と千尋の神隠し


千と千尋の神隠し (ブルーレイディスク)
千と千尋の神隠し (ブルーレイディスク)


というかブルーレイのパッケージが典型的な怪物と少女の構図になってますね。フランケンシュタインの怪物から続くテーマ。